あきらめなかったから、少しずつ変われてる今がある

 

 

ず今ここで、自分のことを褒めてあげてください。今までいろいろな方法を試してるんだと思います。
でもまだ過食嘔吐に苦しんでいて、何かのヒントを求めてこのページに飛んでこられたのでしょう。
それって何回挫折しても、自分に絶望してても、改善するために動き続けてるということですよね。

本当に、凄いことです。何回挫折してるかなんて関係ない。

「行動し続けている自分」をまずよく頑張ってるね。って褒めてあげてください。

 

さて、ここでは私の過食嘔吐の経歴ともがいた結果学んだことをつらつらと書いていきます。

長くなるかもしれませんので、読みたいところだけ読んでもらって結構です。

 

発症~過食嘔吐最盛期

発症は高校の時でした。
大好きだった人にフラれて、太って。ダイエットを始めました。

最初は少し食事を抑えて運動する普通のダイエット。
そのうち、お弁当のごはんを半分残すようになり、朝のパンも半分になり、そういったものを嘔吐するようになりました。

1か月で7~8キロ減。
痩せている自分を手に入れて、自信も手に入れた気がしていました。

そこから過食嘔吐へと徐々に移行。
9時に寝て3時に起きて、家族に隠れて過食嘔吐して、外では買い食いして嘔吐して。
何かにずっと焦っていました。勉強しなくちゃ、がんばらなくちゃ。
人の前では常に勉強しているふり。ふりをしようとは思っていなかったけど、何をしていても周りの目が気になりすぎて頭に何も入ってきませんでした。

そのころは自信がなさすぎて、常に「こんな私に時間を使ってもらうの申し訳ない」と思っていました。
特に女の子と2人になって話すとき、まったく面白いことも言えなくて、自分の話を聞いてもらうことが申し訳ないと感じていました。

大学で親元を離れてからはやりたい放題。
毎日毎食嘔吐、朝昼夜関係なく過食嘔吐をしていました。

過食費はどんどん膨れ上がるばかり。口座に入っているお金は常にマイナスで、家族が貯めてくれていたお金を食いつぶしました。
当時、ベランダはごみ袋だらけ。

普通に大学にも行っていましたし、友達もいましたが、コンビニをはしごしたり学食をはしごしたり、ずっと食べ物のことばかり考えていました。

家族にも負い目を感じ、実家に帰っても口をつぐむことが多かったように感じます。

 

友達との約束も、過食嘔吐欲が勝りすぎて直前でキャンセルしたりと散々でした。

自分の行動の結果、友達が離れていっているのに、自分は必要とされない人間だと考え、余計に過食嘔吐に走りました。

 

行動の規制だけではうまくいかない(試行錯誤期)

大学のころには、自分は今のままではやばいなと考え、過食嘔吐をやめるためにいろいろと試すようになっていました。


・現金を極力もたないようにした
・食事のあとすぐに歯磨きをしてみた
・カロリーメイトだけで過ごしてみた
・野菜を大量に食べた
・よく噛んで食べた
・カウンセリングに行った(1~2回だけ)
・メンタルクリニックに行った(1~2回だけ)
・留学に行った(環境が変われば自分は変われると思って)

 

結果、どれも失敗しました。


このころは、本当に「自分は甘えたやつだ」と思っていました。
留学にまで行かせてもらって、何不自由ない暮らしをさせてもらっている。にも拘わらず、親のお金を食い散らかして、毎日自分の欲に負けて食べて、吐いている…なんて親不孝なやつだ。と自己嫌悪の日々でした。

このころ全く気付いていませんでしたが、行動だけを規制して過食嘔吐がやめられるはずがないのです。

 

だって、我慢するのはしんどいんですもん。

行動だけを規制するというのは過食嘔吐を加速させる要因を作っているようなもの。

失敗しても仕方ないことをやっているのに、そのことに気づかず、治らないのは自分の甘えのせいだと考えていました。

今になって思うのは、治らないのは甘えではありませんでした。やり方を変えればよかったのです。

 

そう気づいたのは、ある道場の講座を受けたから。

理解できたからって簡単には変わりませんでしたが、2年越しにようやく自分の中に取り込めたのです。

 

比べているのは誰と?

ずっと周りと自分を比べて生きてきました。
私の場合は、妹に始まり、親友、友達…

英語をがんばっていましたが、そこまでではないと感じていました。
うたを歌うことが好きで、たくさん練習していましたが、うまいと褒められても素直に受け取れませんでした。
もっとうまい人たくさんいるしなあ…って思っていました。

過食嘔吐を克服するために本を読んだりインターネットで検索したときも、治った人がキラキラしすぎてて
それと比べて自分は…と余計に自己嫌悪に陥り、励まされるどころか、悪化していました。

でもよく考えると…
自分のできないところと、相手のできるところを比べたらそりゃあ、そこに関しては劣ってますよね。

それから、歌に関してもプロと比べたら全然。って…比べる対象高すぎますよね。w

 

人よりもちょっとだけでも得意な部分を+0.1としましょう。

これ単体で見たら、人よりたった0.1しか得意じゃないんです。


プロは+0.5とか+1とかですごいかもしれない。

でも、あなたにはそういう部分がいーっぱいあります。
1.1×1.1×1.1×1.1×1.1=1.61051
5つあったら+0.61です。

 

もっというと、私にあってあなたにないものもあれば、逆にあなたにあって私にないものもたくさんある。

一面で切り取って比べるから比べられるだけであって、あなたの魅力は一面では測れません。

 

あなたにも私にもたくさん芽があります。比べて自分のことを劣っていると思い込んでいると、伸びたくてうずうずしている芽がなかなか伸びません。

 

伸ばそうとしなくてもあなた自身の「劣っている」という思い込みをなくしてあげるだけで勝手に伸びてくる芽はたくさんあるんですよ。

 

 

やりたいことが見えてきた

実はつい最近まで、やりたいことが見つけられずにいました。
人から聞かれても何も出てこなくて、気持ちは落ち込むばかり。

「やりたいこと」はかっこいいことじゃないとダメだと思っていました。

たとえば…
貧しい国の子供たちを支援したい。
キャリアウーマンで家庭と両立しながらバリバリ働きたい。

とかこういう感じ。
実際、高校とか大学の時はこうやって言ってました。でも、自分の本心ではなかった。

自分でも違うって本当はどこかで分かってました。

見つけられなかったのは、自分の頭が邪魔していたんです。

もっともっとくだらないことでいいんだと最近思えるようになってきました。
そして、やりたいことはアップデートしていけるんだ。と。

「(仮)やりたいこと」でいいんだと。

今やりたいのは、
・おいしいものを食べること。
・観葉植物がいっぱいのきれいな部屋に住むこと。
・しなやかでいること。
・ケチケチした人でいたくない。
・姿勢がきれいな人でいること。
・表情豊かでいること。・・・・

などなど。(うたうたいなのに、やりたいことに歌が入っていないww)

誰に見せるわけでもないし、私以外の誰のやりたいことでもないし、もっと自由でいいんだ。って思ってきたんです。

 

一番大切なのは、人がすごいねっていってくれることでもなんでもなく、それで自分が満足できるかどうか。他人がどう考えるかではなく、自分がどうありたいか。

 

この考えになるまでにずいぶんとかかりました…
だけど、あきらめず動き続けてきたから、ようやくこの言葉を自分の言葉として言えるようになってきた。

 

 

少しずつでも変わることは出来る

今までで一番、私に考え方に影響を与えてくれた道場のその講座。
その講座を受けてからもうずいぶんと時が経ちました。

その講座の考え方があったからこそ、起こった出来事を通じて、そのたびに学んで。ようやく自分に落とし込むことができている…と感じます。

 

今twitterを見ていると、痛いほど気持ちが分かるつぶやきばかり。

 

私が放つ声が、私が衝撃を受けたあの講座のようにみなさんに気づきやきっかけを与えることができますように。

開眼して一気に変われる人もいるかもしれない。私みたいに、何年か越しかもしれない。

 

けど、何か行動し続ける限り、少しずつでも私たちは変わっていくことができます!

私もまだまだ成長とちゅう。
少しずつでも変わっていきましょう。

これからも当事者さんの克服のヒントを発信していければと思うので、コメントをお願いします!

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ABOUTこの記事をかいた人

11年間過食嘔吐でした。 今まで、自分の考え方を変えるためにたくさん勉強してきました。 最近あったある出来事によって、これまで学んできた考え方を一気に自分の中に取り入れることができました。ぜーんぶつながった感じです。 今、過食嘔吐の衝動は全くありません。 あなたも絶対乗り越えられる力を持っています。私がサポートさせていただきます。